ハッカーと画家

2022/01/03

ハッカーと画家

ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち

零章

just do it, アメリカ人の性らしい。

顧客の意見を聞く。

素晴らしい文章だ。感動的だな。だが無意味だ。

市場が本当に求めているものをデザインできるデザイナー。

一章

アメリカのオタクはカースト最下層。日本と変わらんね。

賢い人はなぜ人気者ではないのか。それは人気になろうとしてないから。興味がないかんじっぽい。

どうやらポールグレアムは、それ以上にもっと賢くなりたいと思っていたようだ。

ここで賢いというのは、学業の成績ではなく、ロケットの設計や、コンピュータのプログラムに関することだったらしい。

人気者になるためにも努力が必要だが、オタクはそれに気がつかなかったり、

それより他に考えることがあるためそれを放棄していることが多い。

二章

ポールグレアムの静的型付け言語への評価がなかなかおもしろかった。

時代が違うので今もその通りとは思わないが、

グレアム曰く、大学で教わったようにプログラムするならいい考えらしい。

グレアムのようなハッカーはジョークがうまい。この場合翻訳者かも。

「お作法にうるさいコンパイラおばさんとお上品な会話をするような言語」という表現大好き。

きっとグレアムレベルの最上級ハッカーの真実なんだと思う。

でも、少なくとも日本の多くのプログラマにとってそれは適用されないんだと思う。

だって型ないとデバッグ辛いもん。

むしろ強い型でも足りない。Rustが流行る理由くらいだからだ。

そうでないならRubyは覇権を握っているはず。

現実はそこそこの実力のプログラマはRubyなんて書きたがらない。

みんなが書きたいのはRustやTypeScript。

SOFで人気なのはKotlinでしたっけ。

結局、人類の0コンマ以下の天才は動的型付け言語の方が向いている

かもしれない

予想ですからね。明言はしない。天才じゃないから。

仕事について

大企業は大失敗しないように動く。

これは弱点でもあり、ベンチャーが勝てる数少ないポイントだと私は解釈する。

いいプログラミング言語

動的型付け言語と静的型付け言語について

最初に作った仕様から変更されないということはほぼない。

故に変更前提のアーキテクチャこそがもっとも正しい。

静的型付け言語よりも動的型付け言語の方が、

最初から特定のデータ表現にコミットする必要がないため、有利である。

抽象的表現

柔軟性についてもっとも重要なのは、なるべく抽象的にすることだという。

また、短ければ変更もしやすい。

妥協しない

素晴らしい絵には妥協がない(細かい部分にも力をいれている)。

いいソフトウェアの定義としてはそれは同じだと思う。

しかし、以前の記事でも言及されているが、まず完成することも大切であり、

これはそのトピックとわりと衝突する気がするので、難しいところである。

作業箇所について

絵画は、基本的に作者は一人だが、服数人で作ることも普通にある。

その場合、背景や人ごとに分担して描くことはあっても、

すでに描いた箇所につけたすということは決してなかったという。

プロジェクトもそのスタイルがよいらしい。

プロジェクトはしっかりと定義されたモジュールに分割し、各モジュールごとに担当者を決めて、

明確に設計したインタフェースをモジュール間に定めるとよいらしい。

共感

人に共感することは大切である。

ユーザ視点からみるためには共感が必要である。

よいハッカーと偉大なハッカーの大きな違いはこれの有無と記載されている。

ソフトウェアはユーザにわかりやすいように作られるべきであり(ユーザへの共感)、

また、ソースコードも一目でその内容がわかるようにするべきである(コードを読む人への共感)。

三章

道徳は時代によって変化するらしい。

他はよくわからんかった。

一つだけ、熱狂的な人たちはユーモアでどうにかするしかない的なことが書いてあったような気がする。

最近のアメリカのあれの件でツイッターにてユーモアで反論している人をよくみるが、

所詮は多勢に無勢なんだなってことがわかる。

…政治の話題はあまり長く書かないことにしてるのでここまで。

>> Home